2014年 03月 11日
あの日から3年。
震災から3年。
まずは支えてくださった方々に心から感謝します。ありがとうございます。

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今まで築き上げてきたものが瓦礫と呼ばれ、その瓦礫も綺麗になくなり
まるでもともと何も無かったかのような更地には高い堤防を造る予定。

帰省をすると流されてしまった家があった所に必ず行ってしまいます。
本当に何も無いんですが行っちゃうのです。
家の横にあった路地の側溝やクレ−チング。
それを目印に何も無い実家を見に行っていたのですが
堤防建設により何も分からなくなってしまいます。
かすかに残った家の跡、すべて大きな堤防の下に
埋め固められてしまうのかと思うと辛いのですが、
瞼の裏にはいつでも思い出すことのできる田舎があります。
(…と書いてみたものの、やはり辛いし寂しい気持ちは隠せません)



私の(今の)実家は祖母が住んでいた家がギリギリのところで津波から免れたので
父は仮設住宅で暮らすことなく、震災後は祖母と同居することになったのですが
震災前に近所だった人たちの殆どが仮設暮らしをしているので、肩身が狭いと今でも言っています。

去年の夏に帰省したとき、小学校、中学校で同級生だったお母さんに会い少しお話したときに
被災した人のことを思うと普通に生活しているのも何だか悪い気がして…と話されていました。
みんなが心を痛めている…高齢の方のお話しを聞くと、より胸が痛みます。


田舎に1人で住んでいる父は詩吟に観光ガイド…その次に
本業の仕事と毎日忙しくしている様子です。
藤沢(神奈川県)や稲毛(千葉県)から岩手へ泊まりに行ってくださり
その時の様子を報告する電話から伝わる父の声はとても楽しそうでした。
父は約10年東京で暮らしていたのですがその時の友人たちが
ずっと気に掛けてくれているのが父の支えになっている様子で
嬉しそうに話す声を聞いてありがたく思っています。
稲毛の方は私が入院することを父から聞き、入院前と退院後と心配して電話をいただきました。
親子揃って心配をかけてしまっています。(しかも私はお会いしたことがありません)
もう少し体力が回復したらご挨拶に伺いたいと思っています。




仮設住宅に物資を搬入するお手伝いをしたときには
3年経ってもまだ仮設での暮らしをしているとは思いもしませんでした。
まだ3年…もう3年。

今年も14時46分には北に向かって黙祷をしました。
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by troncmont | 2014-03-11 22:32 | ●日常


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